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2008-03-26 Wed
再構築は見事に賛否両論だったのだけれどw
aozoaのスタジオだった昨夜。
セッティング最中に、オリンピックボイコットの話題が出て、
また、終了時の雑談時にまったく別の話題ながら、
「昭和天皇の亡くなった日」by Cathyの台詞に、
「崩御」というのら♪と、日本語ワンポイントレッスンw
(逆に、先週は自分がよくごっちゃにしてしまう、stareとgazeの使い時の違いを説明してもらったりのEnglishワンポイントレッスンの方が率が高いのがaozoaです←音楽性の説明にはなってないねwww)

出だしに話が逸れてますが、
自分が小学生だった1989年。
ベルリンの壁崩壊が冬にあった年、
夏には、天安門事件があったんだよ。
小学生ながらに、TV画面に映し出されるNEWSを観ながら、
をいをいをいをい、と隣国を思ったことを憶えている。

自身が5歳の時より、子供にとっては夏休みの期間、通例として
父親は自宅二階のアトリエにて締め切り前の殺気を最高潮に
していたため、その期間、私は何らかの合宿に飛んでいるか、
母と海外に出掛けていた。
(かなり静かなお子だったはずなのだが、それでも邪魔は邪魔だったようです・苦笑)
ちなみにこの89年の二年程前、何故か母はチベットラサに行きたがっていたのだが、
直前までビザが降りず(少し経ってからあたりまえだ!と思えたけれど)
行き先はネパールに変更されたのだけれども。
行けなかった土地として、(日曜日に路上が動物のとはいえ血塗れになる
ネパールよりも危険な場所ってどんなだよ?と想像する小学生を想像してくらさい・泣)
チベットは未知の国として印象は深く刻まれて。

ビザがおりない情勢に対して、ただ?を沢山頭のうえに浮かべていた
小学生の私の知識はもちろん乏しかった。
「文化大革命」という単語も聞いたことがあっても、内容など、素通りに近かった。

この時代に、生に学生時代を過ごしてきた友人にその当時の教育現場と
教科書の内容を聞いて吃驚したのは、つい昨年のことである。

勿論、親仏家的なところのある自身は、仏大統領が
オリンピックボイコットの可能性を完全には否定しない(「あらゆる可能性がある」)
といった旨の記事をみると、にやりとする。
Bjorkが上海のLiveで、所謂"チベット騒動"の記事を読めば、
ブラボー!とMacの前で諸手を挙げて賛同もする。
そして、それに対する彼女のコメントを読んでまたニヤリ。
http://www.vibe-net.com/news/?news=0033903

けれど、祖国からは遠く離れ、
一中国の人民として、あらゆる国から集まった人々の中で、
祖国の事件を、その代表として、コトある毎にコメントを求められているだろう
友人の彼女を思うと、きゃっきゃ言っている場合ではない。

場合ではないのだが、
そう、台湾は台湾で中華人民共和国とは別の独立国家だと
教わっていたような…(だって、社会主義国家と民主主義…)などが頭を掠めても、
それでも歴史はどんどん動いて、どんどん書き換えられていく。

自身は「ひとつの中国」みたいな言い回しをみる度に、
「日中」、と言ってしまったときの、「しまった!」感を思い出す。
中国では「中日」、と言わなければならない場面。
小学校に上がっていない子供だろうが、発言によっちゃ吊るされる。
身を以て実践してしまった、件だけれど。
しかし、発言は、自身が知っている「歴史」だったり
「環境」が思考に依ってしまうのだから、
一元的に発言するのは、いつだって危険が伴う。

そのうえでなお、Bjorkの言い切れる、その姿勢が
(もちろん、彼女の紡ぎ出す音楽も含めて)やはり大好きだったりするけれど。

憂えてはいても、このblogも中国からはアクセス出来ないのだろうか、
等と考えたり、例によって思考は散漫である、
結局、曖昧で能天気な日本人がここにもひとり居たりする訳である。

ただ、個人と接するのと、国と接することの、違いだけは
知っていて。そして、その「国」に対する「思い」もまた
お国柄があったり、そこが結構大事だったりして、
その背景とか、なるたけ、出来うる限りの配慮の総動員で
あたるべきであることも。

大人になってから見る「チベット」の映像は、
しかし、アニメのモチーフになっているだろうと
想像出来る衣服だったり、建築物に、文化。
憧憬の念である。
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